関節リウマチや変形性膝関節症の末期では、「膝関節の関節の変形」と「痛み」を伴うため、それらの改善のために人工膝関節全置換術(TKA:Total Knee Arthroplasty))を施行することがあります。
ここでは、TKA術後の"膝関節の屈曲制限"に対して「どうアプローチをしていけば良いの?」と悩む療法士に向けて、評価とリハビリ方法を詳しく解説しています。
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人工膝関節全置換術(TKA)の特徴を理解しておく
人工膝関節全置換術(TKA)の構造を簡単に解説しておきます。
TKAでは、コンポーネント(インプラント)と呼ばれる金属を大腿骨、脛骨の関節面と入れ替えてます。
前十字靭帯靭帯(ACL:Anterior Cruciate Ligament)は切除し、後十字靭帯(PCL:Posterior Cruciate Ligament)が温存しているかどうかが膝関節の屈曲可動域に影響してきます。
TKAの主流はPS型(PCL切除)。
PS型は、膝がよく曲がる代わりに膝の前後動揺を許すため、破損の危険性は高まる。
CR型(PCL残存)は、PCLを残す手技の煩雑さと膝屈曲を阻害する点が懸念要素。
CR型:PCL温存
CR型では、PCLが温存されていることで、膝関節屈曲時のroll back機構が働きます。
CR型はPCLを温存する手技が煩雑で一般的に敬遠される傾向にあります。
CR型▼
膝関節のロールバック機構
CR型では、脛骨に対して大腿骨が後方へ転がるroll back機構が働くため、PS型よりも生理的な屈曲が出現しやすくなります。
roll back機構▼
PS型:PCL切除
PCLを切除し、凹型をしたインサートががあります。膝を曲げた際のPCLによるロールバック機構が働きません。
日本では、PS型が主流です。前述のCR型よりも、PS型のほうが屈曲角度が大きいのが特徴です。
現在の主流は深屈曲時に緊張して屈曲を障害する後十字靱帯(PCL)を切離するPCL置換型(PS型)になっています。
PS型▼
非拘束型
非拘束型のMobile型ではインサートが平らなため自由度が大きく、靭帯などの軟部組織によって運動が制御されます。
このように術式の特性によって、膝関節の屈曲角度の限界があります。
TKAでは膝関節はどのくらい曲がるの?
一般的には、TKAの屈曲角度は110~130°(概ね120°前後)といわれています。
これはTKAの構造上の制限でもあるため、Dr所見から術式や術中角度を確認しておくと良いでしょう。
特に術後半年くらいは,、炎症や軟部組織によりさらに制限を受けている場合が多いです。
TKA術後の膝関節屈曲制限の原因
前述したように、TKAの術式やコンポーネントの形状上、膝関節の屈曲可動域に制限が生じます。
しかし、急性期~回復期(術後概ね半年以内)では、TKA術後の関節可動域制限の原因は以下のものがあります。
- 疼痛
- 腫脹
- 皮膚
- 膝蓋上嚢
- 膝蓋下脂肪体
- 筋・腱
- 靭帯(膝蓋骨の動きを制限)
それぞれの評価とリハビリ方法を解説します。
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原因.1「疼痛」の評価とリハビリ方法
術後7~10日は炎症期にあたり、この時期は膝の痛みや腫れ、熱感が強く出ています。
特に術後2~3日は痛みが強く、膝を曲げるどころではない場合があります。
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「疼痛」の評価方法
経過とともに段々と痛みが軽減してきますので、疼痛自体が大きな制限因子にはなりませんが、稀に痛みに敏感になり、痛みがあるから曲げたくないという人もいます。
痛みの部位や程度、どこまでなら動かせるのかを丁寧に評価します。
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「疼痛」のリハビリ方法
術後早期では、痛み・腫脹・熱感の軽減を目的にRICE処置を行います。
RICE処置とは、
- 安静(Rest)
- 冷却(Ice)
- 圧迫(Compression)
- 挙上(Elevation)
をいいます。
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二次的な拘縮予防のために関節可動域訓練を行います。
関節可動域訓練では、
- 愛護的に動かす
- 少しづつ曲げる
ことを心がけます。
疼痛が強い患者でも、拘縮予防のために少しづつでも曲げる練習をする必要があることを説明し、過度な安静を避けるように説明しておきます。
痛みが強い場合には、痛み止めなどで鎮痛を図ることも検討します。
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原因.2「腫脹」の評価とリハビリ方法
TKAでは、関節面を変えインプラントを挿入、関節包や半月板なども切除しているなどの要因により、数ヶ月経っても滑液の貯留、腫脹が残存することがあります。
経験則的に言えば、半年くらいは腫脹・熱感は継続しています。
「腫脹」の評価方法
触診にて左右差を比べたり、患部以外の箇所と比べて熱感の有無を判断すると良いです。
腫脹は視診だけでなく、周径を測定し経過的に観察していくことが大切です。
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「腫脹」のリハビリ方法
CRPなどの炎症所見は1ヶ月ほどで治まりますが、まだ腫脹が継続していることがほとんどです。
TKA術後では、特に長時間の歩行後に熱感が生じていることはよくあります。
熱感がある場合、患部を15分程度アイシングするのも良いですが、血液データでCRPを確認し数値が基準範囲内であるなら、歩行後に膝の軽い屈伸運動で熱感が低くことが臨床上よくあります。
腫脹や熱感がある場合、冷やすとかえって血液循環が悪くなるため、軽い膝の屈伸運動で循環を促進し、腫脹を軽減する効果が期待できます。
原因.3「皮膚」の評価とリハビリ方法
皮膚は7~10日で治癒します。
この期間内では過度に皮膚を伸張すると治癒を阻害してしまうため注意が必要です。
「皮膚」の評価方法
膝を曲げていった際に、視診にて皮膚の伸張性確認します。
皮膚が瘢痕化していると、膝の屈曲に伴い皮膚が深部に窪んでいくのがわかります。
術創部が瘢痕化し、深部へ窪んでいく様子▼
「皮膚」のリハビリ方法
術創部は、瘢痕化し硬くなっているため、軽く指で揉んでおきます。
また、治癒する段階で下層の筋膜と癒着を起こすため、滑走性が低下し膝が曲がりにくくなることがあります。
その場合は、術部の皮膚を指でつまみ、皮膚を止めた状態で膝の屈伸運動を行います。
そうすると、皮膚は固定され、深部の筋・筋膜は下層で動くため、皮膚・筋膜の滑走性の改善になります。
原因.4「膝蓋上嚢」の評価とリハビリ方法
膝蓋骨上あたりに、膝蓋上嚢という袋があります。
膝蓋上嚢は中間広筋の下にあり、膝関節伸展位では二重構造になっています。
膝関節の屈曲に伴い膝蓋骨の下方移動を許しつつ、膝蓋上嚢は単膜構造に変化します。
膝蓋上嚢の動き▼
この時、中間広筋と膝蓋上嚢の癒着がある場合、屈曲を制限する原因になります。
「膝蓋上嚢」の評価方法
膝蓋骨上、大腿遠位を触診し筋とその下層との滑走性を確認します。
通常であれば、指が滑らかに動くはずですが、膝蓋上嚢の癒着がある場合は滑らかさの低下や硬さを認めます。
「膝蓋上嚢」のリハビリ方法
運動療法前に、超音波を実施しておくと効果的です。
※マイクロ波は、金属が禁忌。ホットパックでは深部まで熱が届かないため。
以下を参考にすると、超音波の設定としては1MHz、強度1.0~1.5W/cm2、10分程度照射します。
Draperは1MHz、3MHzの超音波を健常者の下腿に照射して生体内での温度変化を測定している。この報告ではERAの2倍に限定して超音波を照射している。1MHz、1.5W/cm2で10分間照射すると2.5cmの深さで3.5℃上昇している。3MHzで表層の温度変化を捉えると、1.0W/cm2、6分間照射すると1.6cmの深さで4℃上昇している。また、in uitro(試験管内)では4℃の温度上昇で結合組織の伸張性はかなり増大すると報告されている。
また、組織の伸張性が得られやすいのが超音波治後2~5分といわれています。
そのため、超音波治療をしながらストレッチを実施するとより効果的です。
膝蓋上嚢の滑走性を改善するには、硬さを感知された部位に指を当て、ある程度強い圧で滑らせていきます。
また、膝蓋上嚢のある筋膜を強く指で圧迫しておき、膝を軽く屈伸させて下層との滑走性を促進します。
原因.5「膝蓋下脂肪体」の評価とリハビリ方法
膝蓋下脂肪体は、膝関節伸展時には膝蓋骨下方に移動し、屈曲伴い後方へ移動します。
膝蓋下脂肪体の動き▼
膝蓋下脂肪体が炎症を起こし膝蓋腱と癒着を起こすことがあります。すると、膝関節屈曲の際に膝蓋下脂肪体は後方へ移動せず、膝前面の内圧を高めてしまい、膝が曲がりにくくなる原因になります。
「膝蓋下脂肪体」の評価方法
軽く膝を曲げた状態で、膝蓋腱を横方向へ動かしてみます。その際に膝蓋腱の硬さが確認される場合は、膝蓋下脂肪体との癒着があると推測されます。
「膝蓋下脂肪体」のリハビリ方法
実際には膝蓋下脂肪体の癒着を剥がすのは難しく、運動療法の前に超音波を使用しておくと効果的です。
※マイクロ波は、金属が禁忌。ホットパックでは深部まで熱が届かないため。
超音波の設定は、「膝蓋上嚢」のときと同じで良い。
徒手的には、
- 膝蓋腱に近位に動かす
- 膝蓋腱を横方向へ動かす
- 膝の屈伸で癒着を剥がす
などを行います。
原因.6「筋・腱」の評価とリハビリ方法
TKAでは、筋・腱が原因で関節可動域に制限を受けるケースは少なく、術後うまくリハビリが進んでいれば問題になることは稀です。
ただし、疼痛や炎症など二次的に筋の短縮を招いていることがあります。
「筋・腱」の評価方法
主には触診により筋・腱の柔軟性を感知していきます。
膝関節を屈曲させた際に、大腿四頭筋(内側広筋・外側広筋・中間広筋・大腿直筋)の筋腹を触診し、突っ張り感を確認します。
また、膝蓋骨上部で内側・中間・外側から遠位に膝蓋骨を動かし筋・腱移行部の柔軟性を評価します。
「筋・腱」のリハビリ方法
硬くなっている筋・腱に対してダイレクトストレッチを行い、痛みのない範囲で徐々に膝関節を屈曲させストレッチしていきます。
また、筋・腱移行部へのアプローチとして、膝蓋骨を内側・中間・外側から遠位方向へ動かしします。
原因.7「靭帯(膝蓋骨の動きを制限)」の評価とリハビリ方法
膝蓋骨周囲も侵襲を受けているため、癒着により制限が生じていることがあります。
また、術前より膝蓋骨周囲の靭帯の短縮がある場合には、術後に膝蓋骨の動きが出ないことを考慮しなければいけません。
膝蓋骨周囲の靭帯には、
- 膝蓋靭帯
- 膝蓋大腿靭帯(内側、外側)
- 膝蓋脛骨靭帯(内側、外側)
- 膝蓋支帯(内側、外側)
があります。
膝蓋骨周囲の靭帯▼
「靭帯(膝蓋骨の動き)」の評価方法
それぞれに靭帯の走行に沿って、膝蓋骨を動かします。
「靭帯(膝蓋骨の動き)」のリハビリ方法
可動性のない方向に対して膝蓋骨を動かし、ストレッチをしていきます。
膝関節を屈曲させていく際のコツ
下の図のように背臥位で膝関節を屈曲させた場合、大腿の筋緊張が高まってしまいます。このことは膝を曲げていく際の阻害因子になってしまいます。
座位で膝を曲げていくほうが簡単
このように、大腿骨が座面に固定されていると大腿部に余計な力が入らなくなります。
さらに、足底にキャスター付きボードを置き、足部を滑らせながら膝を曲げていくと良いです。
おすすめ書籍
こちらは、下肢全般に対する整形外科運動療法がイラスト付きでとてもわかりやすく解説されています。
今回ご紹介したTKA術後のアプローチ方法も記載されており、臨床的に使える知識ばかりですので参考になること間違いなしです。
まとめ
急性期の場合は、疼痛や腫脹などが残存しているため、炎症の早期改善を図りつつ、軟部組織の癒着予防に努めます。
TKA術後から半年ほどは腫脹や可動域制限、さらに膝の違和感など残存していることが多く、退院後のリハビリのフォローアップや自主トレなどの指導も併用して行います。
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変形性膝関節症の評価とリハビリ。ガイドラインで推奨される運動療法を詳しく解説