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僕のこと

理学療法士に「お金の話」が響かない理由

投稿日:2019年5月4日 更新日:

理学療法士のかずぼーです。

 

Twitterを見ていると、医療職は「給料が低い」や「給料が上がらない」と、お金の不安を煽る人をよく見かけます。

この言葉は、療法士界隈でも言われるし介護士でも同じように言われます。

 

確かに、理学療法士の給料は、患者が「先生!給料お高いんでしょ?」と茶化すほど高くはありませんし、これから劇的に平均年収が増えていくとも思えません。

なので、主張は至極正論な訳です。

ただ、そういう発言をしていても、まぁ医療職の響かない層には全く響きません。

 

なぜ彼らには響かないのか?

 

お金の不安を煽りたい人たちは、さらに主張を強めます。

 

「お前ら、将来が心配じゃないのか?」と。

 

しかし、まぁ響かないもんは響きません。

 

でも、これは実は当たり前なのです。

 

なぜ医療職にお金の話が響かないのか?

その理由について解説しようと思います。

 

ちなみに僕がこの記事を書く目的は、「お金の心配しろ」が言いたいわけではありません。他人の経済的事情にどんな義理があって口を出しているのか、という話ですのでね。

 

「お金vsお金以外」の構造は、よく目にします。この場合のお金以外とは、やりがいや社会的意義や価値、人脈、信頼などのことを指しています。

 

どちらも大事なのは、言うまでもありません。なのに何でわざわざ対立するのか、ただそれを紐解いてみたいだけです。

 

この記事は、少し長くなっていますが、敢えてです。お金の話が響かない人に簡潔にまとめてもどうせ秒で離脱されるし、それならちょっとは興味がある人にしっかり読んで欲しいと思うからです。

 

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【行動経済学より】社会規範と市場規範のか考え方を理解しておこう

デューク大学のアリエリー教授は、人々が価値を判断するには以下の2つのルールがあると言っています。

  • 社会規範
  • 市場規範

 

社会規範とは、お金以外の人助け、社会的意義など、社会的なつながりを基にした価値判断をいいます。

市場規範とは、賃金、利息など、資本を基にした価値判断をいいます。

普通に考えれば、お金もお金以外も大事ですよね。当たり前と言えば当たり前。

なんですが、「お金は大事だ」という主張をする人もいれば、「人助けや社会貢献が大事」だと言う人もいます。

なぜこのような対立が生まれるかと言うと、社会規範と市場規範は共存しにくいからです。

お祝いにお金は必要?

お金以外のためにやっていた活動をお金に換えられると、とても不快感を覚えるのです。

「予想通りの不合理」という本から、わかりやすい例を抜粋しました。(長くなるので省略しながら引用しています)

感謝祭でのできごと

あなたは義理の母親の家で感謝祭のごちそうを食べている。テーブルには特別に用意された豪華な料理がいっぱいに並んでいる。(省略)子どもたちもはしゃいでいる。(省略)妻もうれしそうだ。デザートには妻の好物の手づくりパンプキンパイが用意されている。

昼にはじめたパーティは午後遅くまでつづいた。あなたは(省略)テーブルの向こうにいる義母を敬愛のまなざしで見つめながら、おもむろに立ちあがって財布を取り出す。「お義母さん、この日のためにあなたが注いでくださった愛情に、いくらお支払いをすればいいでしょう」あなたは真摯に言う。一同が静まりかえるなか、あなたはお札を振ってつづける。

「三〇〇ドルくらいでしょうか。いや、四〇〇ドルはお支払いしないと」

(省略)

義母が顔を真っ赤にして立ちあがる。義妹が恐ろしいけんまくであなたをにらみつけ、姪がわっと泣き出す。

引用)予想どおりに不合理

 

お金を払うという申し出が、なぜパーティを大なしにしたのか。それは、我々は社会規範と市場規範の異なる世界を同時に生きているからです。

前述したように、この二つの世界は共存し得ないため、「お金が大事」vs「お金以外が大事」の対立構造を生むのです。

医療職になぜお金が響かないのか?

医療職に当てはめてみます。

医療職は、特に社会的価値の高い職業でもあります。目の前にすでに困っている人が見えています。

しかも、「ありがとう」と感謝を受ける仕事です。それを「お金のため」として置き換えることが難しくなります。

つまり、医療職は特段、社会規範の価値基準に偏りやすいといえます。

「患者のため」「社会的価値を生む」活動に専念しているのに、それに対して報酬をあげると言われたらどうでしょう?恐らく冷めますよね。

「お金のためじゃないんだよなぁ」と言う人が多いのは、まさに社会規範に生きているからです。

 

逆に、ゴミ収集や事務処理のような、人が見えにくい作業だとすればどうでしょう?

「今やっているこの活動に社会的意義がある」とは想像しにくいですよね。

もちろん、社会的意義はありますが、直接的に「ありがとう」と言われる仕事でもありません。だから「お金のため」と割り切り、事務的にできる人が多くなります。

「(クソつまらん)単純作業」をさせるなら、報酬は少ないほうが満足度が高くなる

先日、とあるアンケートを取ってみました。

 

これは「フェステンガーの実験」をパクった質問アンケートです。が、単純作業ではなく、「クソつまらん単純作業」とするべきだったと反省。

ただ、まぁ普通に考えると、報酬の多いほうが満足度は高いと思いますよね。

しかし、フェステンガーの実験では、報酬の少ないほうが満足度は高かったのです。え?何で?って感じですよね。

 

100円のほうが安のに、なぜ満足度が高くなるのか?

人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す状態を社会心理学では、「認知的不協和」といいます。

この認知的不協和を解消するべく、さまざまな認知の修正を図ります。

なぜ、報酬の少ないほうの満足度が高くなるかというと、「楽しかった!やりがいがあった」とでも思わないと割に合わないのです。

 

医療職は、認知的不協和に陥りやすいと僕は思っています。

なぜなら、本人が「あー、なんかこの仕事きついな。しかも、給料そんなに良くないし・・・割に合わんなぁ」と感じていても、

周りから「やりがい」「人助け」その他「社会的意義や価値」などというお金以外の価値をふんだんに聞かされてきているため、

「この仕事は、やりがいがある!お金のためではない!」そうやって気づかない間に帳尻を合わせてしまうのです。

 

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モチベーション維持に「ボランティア」が有用な理由

以前、「医療職を東京オリンピックをボランティアで集う」ことで大炎上していましたよね。

「医療職がボランティアでやるなんて舐めてんのか」

「いや、ボランティアでも勉強できてむしろ得だろ」

これは、まさに市場規範と社会規範が対立した構図になっていますよね。

 

「ボランティア」「報酬を与え」、これってどっちが良いの?

 

結論、下手な報酬を与えるより、社会規範的思考、つまりボランティアで自主的にやってもらう方が仕事を熱心に取り組み、さらにモチベーションも維持されやすいのです。

 

社会規範と市場規範とでは、社会規範の方がモチベーションが下がりにくいとも言われています。

市場規範の考え方では、1時間働いたら1,000円貰えるといった思考になります。

とするなら、時間外で仕事をさせれば、お金を貰えないのでやる気は下がってしまいます。つまり、市場規範では報酬を与え続けないとモチベーションを保つのが難しくなるのです。

一方、社会規範的考えでは、時給発生時間外でもモチベーションは下がりませんよね。お金以外に価値を感じているのですから。

 

ただ、あくまでも「自主的に」「本当にやりたいこと」であるかは常に振り返るようにしたほうが良いですよ。

なぜなら、いつでも認知的不協和の修正をしてしまうからです。

ボランティアの人は、社会規範的な価値判断で働くので何時間でも働くでしょう。お金のためじゃないのですからね。

こういう人は、搾取もされやすいので気をつけてくださいね。

雇用形態が社会規範的な構造になっている

日本の雇用形態は、かなり社会規範寄りの構造になっています。

どういうことかと言うと、時給ではなく、月給や年収で給料を設定しているからです。正社員の場合は特に。

 

月給を時給換算したことのある人もいますよね。

ちなみに僕の仕事を時給換算すると、2,000円くらいでした。ただボーナスも入れると、もうちょっと上がりますがね。

「時給2,000円って、療法士ならバイトした方が給料高いんじゃない?」って思いますよね。

ただ、昇給やボーナス、有給、退職金、その他福利厚生を計算に入れると、正社員かバイトかどっちが得なのかわかりにくくなります。

まぁ、何となく正社員の方が得なような気がしますが。それくらい価値をお金に換算しにくいのです。

これはつまり、市場規範から遠ざけることに貢献しています。

 

しかも、社会貢献要素満載の医療職なので、「お金のためではない論」を強める要因にもなっています。そりゃ、サービス残業も厭いません。

理学療法士は技術力だけ高めても給料は上がらない

僕は今でも理学療法の勉強は平均以上はしてると思います。

ただこればっかりやってても、給料は上がりません。マジです。ほんとに。

僕が言ってるのは、理学療法の知識だけ高めても給料は増えないということです。

勉強しても給料は増えないとは考えてませんからね。ここは間違えないようにしてください。

もちろん、知識を深めて、治療技術を上げ、開業する人もいますが、それでもマーケティングや集客の知識も必要になってきます。

出世狙いで給料アップを図ろうと考えても、マネージメント力は必要になってきます。

詳しくはこちら:理学療法士は技術力だけ高めても給料は上がらない理由

理学療法士がお金を多く求めないのは年収が「良い感じすぎる」から

理学療法士の平均年収が404万円くらいです。(厚生労働省の平成29年度賃金構造基本統計調査より

僕は、年収400万円くらいが、恐らくお金を多く求めない良い感じの年収なのではと考えています。

なぜかと言うと、年収400万円ですと、生活に困りはしないけど、余暇活動にお金を使うほどの余裕はないので、お金にならない社会貢献に取り組みがちになるからです。

詳しくはこちら:理学療法士の平均年収400万円は絶妙だと思う理由

「お金」も「お金以外」も両方大事という考え方

社会規範、市場規範の両方があるのを知っていることが非常に大切です。

僕は、本業は理学療法士として常勤で働いていますが、そんなに給料が良い訳ではありません。

「お前の頑張りが足りないから」と言われるとそれまでなのですが、お金を稼ごうと思ったら副業でもしたほうが楽です。

管理職になって給料を上げるのも良いですが、臨床は楽しいですし、理学療法やるためにこの仕事に就いたのに、なに一日中デスクワークとかやってんだって感じです。

 

やりたくないことで稼げて、それは楽しいのか?

好きでもない人から賞賛されて、それは嬉しいのか?

部下を多く引き連れれば、それは偉いのか?

 

もちろん部下をまとめるのが好きな人は、好きなことで稼げるので良いですよね。それは最高だと思います。

そうでない人が「出世してお金稼だれ!」って考えると、仕事が一気にお金目的になると思います。こんなの、つまらないですよね?

 

僕は本業を、市場規範よりも社会規範的な見かたでありたいと考えています。そのほうが楽しいですよ。しかも、モチベーションも維持できるわけで。

「お金のために働く奴はクソ論」について

僕は「お金のために仕事をする奴はクソだ」とか言ってる人を見ると、あまりにも極端だと思うのです。

「じゃあ、無給で仕事しろよ」というツッコミは当たり前のように出てくるし、こういう人を僕は信じません。

だって、お金に価値を感じてない人は、他人にもそれを強要しそうでしょ。

「お前はお金のために働くのか?タダで働いて人助けしてこそだろ」とか言い出しそうでしょ。

そういうのを、"ブラック企業"と言うのです。

 

お金の心配を本当にしなくて良い人は、

  • すでに富を得た人
  • 向上心をなくし、貧乏でも生きていくと決めた人

のどちらかです。

 

「お金は大事ではない」という人は、もう富を得たんですか?

無給でも社会貢献したいんですか?

 

だいたいの人は富を得てないでしょ。じゃあ、向上心をなくしちゃったのですか?

 

日本は資本主義の国です。

資本主義社会においては、お金を稼ぐことは豊かになるために必要な条件です。

お金を稼ぐことに興味がない人は、豊かさを放棄した人です。そんな人が他人に価値を与え、人々を幸せにできるほど社会は甘くありません。

僕は富を得ていないし、向上心をなくした人にもなりたくないので、お金のために仕事をします。

だからと言って、お金が全てでもないとも思っています。そんなことは当たり前すぎて、わざわざ比較することではありません。

 

しかしながら、日本は民主主義の国でもあります。

人を多く集めた人が豊かになるのです。つまり、人脈・信頼も大切です。

 

でも、人脈ばかり気にして疲弊しまくってる人が世の中に多いこと。仕事を辞めたくなる原因の上位には、「人間関係」が挙げられます。

そして、誰しもが悩む事柄の一つにも「人間関係」が挙げられるのです。これと並ぶように、お金を心配する人もいますけどね。

人間関係に悩むなら、お金をそこそこに稼ぎ、人間関係を最適化することで幸せになれます。お金とお金以外のバランスが大切です。

割り切ることが大切

本当はお金を稼ぎたいのに、下手な人助けをして一向に稼げないことはザラにあります。

僕は「社会貢献が必ずもお金なるとは限らない」と考えています。

例えば、ホームレスの世話してお金を貰えるとは考えないでしょ。これこそお金目的でやっちゃダメな典型例です。

 

だから割り切らないといけないのです

お金のためなら、お金の流れる市場に身を置かなければいけません。

お金を持ってる人が価値を見出しそうな場所に飛び込むのです。

僕の市場に対するイメージは、なんとなくこんな感じ▼です。

  • お金にならないけど価値はある(お金を待ってない人を助ける)
  • お金になって価値はある(一番理想的なやつ)
  • 価値はないけどお金になる(例:詐欺、強盗)
  • 価値もないしお金にならない(例:立ち小便、ゴミのようなサービス)

ただ、お金にならないけど価値は市場は、むしろ可能性が無限大ではありますがね。

社会規範の方がモチベーションを維持しやすいとお伝えしました。稼げている人は社会規範的なのです、だからお金のためではないと言えるのです。結果的にその方が稼げるので、矛盾も感じますが、やり続けた人が強いわけですね。

 

前述しましたが、社会規範と市場規範は共存し得ません。

そのことを知った上で、バランス良く生きていくことが大事なのです。つまり、割り切れと言いたいのです。

 

それはそれ、これはこれです。

 

社会規範と市場規範を別々の路線で隔てておけば、人生はかなり順調にいく。

引用)予想どおりに不合理

さいごに:「お金の心配しろ!」と言う人の本当の狙いは?

「お前らお金の心配した方が良い!」と、不安を煽る人は、なんでそんなことを言うのでしょう?

それは、不安を煽って、商品やサービスに誘導するわけです。例えば、情報商材とか高額コンサルとか。

もちろん、WIN-WINは関係であれば、全然オッケーです。お金を払ってでも情報を得たい人もいますので。

また、お金を節約したい人に「大手携帯会社を使うより、格安SIM使った方が良いよ」とおすすめするのもあり。

 

ただ単にお金の不安を煽ってるだけの人は、まずどんな義理があって、人様に「お金の心配しろ」って言ってるんでしょうか?

「他人の事なんだから、ほっとけよ」って話ですよね。

しかも、今の時代で正直お金がなくなっても、死ぬことはありません。最低ライン生活保護という国の制度がありますし。年収300万でも200万円でも辛うじて生きてはいけます。

なので、僕がお金や給料の話をするときは、こっちの方が得ですよ、メリットが多いですよ、を理論的に伝えています。機会損失は避けましょう、のスタンスです。

 

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