人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)と人工股関節全置換術( Total Hip Arthroplasty:THA)について詳しく解説しています。
BHAやTHAは、どちらも股関節またはその一部を人工の物に変える手術のことをいいます。
これらの手術のデメリットといえば、術後に脱臼してしまう可能性があるということです。
ここでは、脱臼予防のための知識と日常生活で気を付けておいたほうが良いこと、リハビリ方法などを図で解説していきます。
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人工骨頭置換術(BHA)と人工股関節全置換術(THA)とは
両者の違いを簡単にいうと・・・
BHA:大腿骨頭のみを人工の物に変えている。
THA:大腿骨頭 + 臼蓋(骨盤側)を人工の物に変えている。
どんな物が入っているの?
※これは、THAの図です。
引用)http://kansetsu-life.com/hip/2_07.html
臼蓋側の関節面にはカップがあり、大腿骨頭にはライナーと骨頭ボールがあります。さらに大腿骨と繋げるためのステムがあります。
カップはチタン(金属)、ライナーはポリエスチレン、骨頭ボールはセラミックでできています。
BHAでは、臼蓋側のカップはありません。
THAの寿命は?
THAの機械的寿命は約20年とされています。
人工物と骨との緩みが生じたり、感染が起こった場合に再置換が必要になります。
緩みが起こる原因としては、ポリエスチレンやセラミックが擦れて摩耗粉が出ることです。
そのカス(摩耗粉)が骨を溶かすことで人工物と骨との間に隙間ができ、不安定性が生じます。
術式(前方アプローチと後方アプローチ)
BHAやTHAの術式には、前方アプローチと後方アプローチがあります。
前方アプローチ
大腿筋膜を切開し、中殿筋と大腿筋膜張筋の間から侵入します。
後方アプローチに比べて手術は難しいようですが、術中の侵襲が少ないため脱臼しにくいのがメリットです。
脱臼しやすい禁忌肢位は、股関節伸展・内転・外旋です。
後方アプローチ
大腿筋膜を切開し、梨状筋などの外旋筋群を切離して侵入します。
後方アプローチは筋肉を切り離す必要があり、そのことで軟部組織の支持性が低下し脱臼しやすくなります。
脱臼しやすい禁忌肢位は、股関節屈曲・内転・内旋です。
脱臼のメカニズム
脱臼する原因としては、①カップと骨頭の衝突、②カップと骨頭の求心力の低下、③術式のよるものがあります。
①カップと骨頭の衝突
正常であれば、股関節の屈曲は約125°有していますが、THAの場合は90°でカップと骨頭、骨盤と大腿骨が衝突します。
このように可動範囲の限界を超えた股関節の屈曲により、後方脱臼を起こしてしまいます。
②カップと骨頭の求心力の低下
手術により、筋や関節包に侵襲が加わります。そのため軟部組織の緊張状態が保てない状態で禁忌肢位をとると脱臼してしまいます。
③術式
THAの術式による脱臼率は、後方アプローチが約3%、前方アプローチが約1%といわれています。
また、BHAではTHAよりも脱臼リスクは少ないです。
その理由として、BHAはTHAに比べてカップ内(臼蓋側)で骨頭が動く範囲が広いため、脱臼しにくくなっています。
さらに、BHAは臼蓋が生理的なものであることや手術侵襲が少ないのも脱臼しにくい要因になります。
また、脱臼しにくいステムやカップの最適な設定角度というのもあります。
最適設定角度
ステム | 前捻角 | 15~30° |
カップ | 前方開角 | 15~20° |
外方開角 | 35~45° |
少しわかりにくいと思いますので、レントゲンで見てみましょう。
レントゲンでみる脱臼しやすい所見
前述したようにステムやカップの最適角度というものがあります。
そのため、レントゲンをみると脱臼しやすいのかがある程度はわかります。
脱臼しにくい | 後方へ脱臼しやすい |
右の画像では、外方開角は減少しているので股関節を内転・内旋しただけでは脱臼しにくい所見です。
ただ、カップがやや後方に向いていますよね。つまり、前方開角が減少しているということです。
これは、股関節を屈曲した際にはカップと骨頭が衝突しやすく後方脱臼を起こしやすい所見といえます。
脱臼しやすい患者さんの特徴
●筋力低下が著名な高齢者
●筋緊張が高い片麻痺の人(特に股関節内転筋の筋緊張亢進)
●認知症の人
●関節リウマチなどで関節弛緩性がある人
●骨盤が過度に後傾している人
などが挙げられます。
筋力が弱かったり、関節弛緩性があると関節の固定性が弱くなります。特に動作時においては無意識に禁忌肢位をとりやすくなります。
また、骨盤後傾位の場合には臼蓋と大腿骨頭の被覆率(大腿骨頭を覆う割合)が低下します。このことは、特に前方への脱臼リスクにもなります。
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殿筋の収縮にも注意
僕の努めている病院でもBHA又はTHAを受けた患者さんはいますが、今年になって2人ほど脱臼した人がいました。
ちなみに、2人とも認知症などなく脱臼リスクについては十分理解している人達でした。
1人はベッド臥床時に頭側に身体を移動しようと、術側下肢でヒップアップのような動きをした際に脱臼したそうです。
もう1人は、座位から立ち上がった際に脱臼したそうです。そのとき少しだけ股関節が内転してしまったと言われていました。
これらの事例を考察する・・・
過度な禁忌肢位をとったわけではなく、股関節屈曲位、軽度内転・内旋位の状態で殿筋群を強く収縮させた際に筋の張力で骨頭が外上方へズレてしまい脱臼したのではないかと考えられます。
脱臼するとどうなるの?脱臼したらこうなる!
引用)http://www.ameria.org/column/column_020.html
左の写真が正常なもので、右の写真が脱臼したものです。
骨頭が臼蓋からズレて、上の方にいっていますね。
これは、大腿骨に付着している筋の張力によって骨頭が上方に移動しているのです。
このように、もし脱臼した場合にはまず脚の長さが左右で極端に違いがでます。
さらに痛みを伴い、股関節屈曲・内転・内旋位で脚を動かすことができなくなります。
脱臼してしまった場合には、通常は全身麻酔をして徒手整復で元に戻します。筋の緊張が高い場合には再手術をすることもあります。
また、1度脱臼した人は元々脱臼リスクが高いのに加えて、軟部組織の緩みも生じ、易脱臼性となるため更なる注意が必要になります。
日常生活で脱臼しやすい禁忌肢位
ここからは、具体的に日常生活の注意点を解説していきます。
起き上がりに注意
左足が術側とした場合、重力で股関節が内転・内旋していますよね。特に後方アプローチを施行した場合は要注意な動きです。
まだ術側の筋力が十分でない時期の起き上がりは、無意識に術側が重力負けて禁忌肢位をとりやすいので注意が必要です。
起き上がる際は、身体をできるだけ縦に起こして、ゆっくり術側の足をベッドから降ろしていくと良いでしょう。
靴を履くときの注意点
靴を履く際に、左の写真は禁忌肢位をとっていますので好ましくない動きです。
こちらも、特に後方アプローチをした際には要注意です。
右の写真のように、膝を外側へ向けて、膝の内側から手を伸ばすと良いでしょう。
術足を後ろに残したまま振り返ると脱臼するかも!?
この動きは、前方アプローチをした際に注意したほうが良い動きです。
前方アプローチは、脱臼しにくい術式ではありますが、写真のような動きは無意識にしやすいので気を付けておいたほうが良いでしょう。
床から物を拾うときは、術足を後ろへ引くと良い
過度な股関節屈曲も脱臼リスクを伴うため、写真のように術側足を後ろに引いて腰を下ろしていくと良いでしょう。
殿筋の収縮にも注意
ここですべての脱臼しやすい姿勢を解説するのは難しいと思います。
前述した禁忌肢位をとらなければ脱臼を防ぐことは可能ですので、まずは禁忌肢位を十分理解した上で日常生活を送るようにしましょう。
前述した通り、殿筋の収縮にも注意が必要です。椅子から立ち上がるときや座るときに無意識に股関節内転・内旋位になっていないかみておきましょう。
脱臼予防として、看護師から"パンフレット"を渡しておくことを統一する
また、脱臼しやすい動作を患者自身にも教育しておくことが大切です。
手術後の患者には、パンフレットなどを渡し視覚的にわかりやすいように、上記のような脱臼しやすい肢位を伝えておきます。
BHA、THAのリハビリ
BHAやTHAでは、術後早期(早ければ翌日)からリハビリが開始されます。
ベッドサイドでは、主に深部静脈血栓症の予防のため、足首を小まめに動かしておくことをおすすめします。
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退院の目途は、手術から早くて2週間。高齢者の場合は1ヵ月~1ヵ月半ほどで自宅退院となります。
それまでに必要であれば、家屋環境を調整したり、介護保険などでの介護サービスの利用を検討してきます。
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まとめ
BHAやTHAをするとどうしても脱臼するリスクがついてきます。
通常、侵襲が加わった筋が支持性を回復するのに最低でも3ヵ月ほどかかるといわれています。
それ以降は、無暗に脱臼を怖がる必要はないのですが、それでも絶対に脱臼しない保証はないので、気を付けておいたほうが良いかと思います。
個人的に、今後はBHAやTHAの性能がもっと増して、脱臼などしない構造のものがでてくれば、「脱臼するかも!?」という恐怖心もなくて済むのになぁと思っています。
医療はまだまだ発展途中だということですね。
今後の発展を期待しています。