転倒予防を目指すには、身体機能の向上、環境設定、課題難易度の調整など、いろいろなところに目を向けなければいけませんが、実はそれだけでは不十分です。
転倒しないように行動するのは、あくまでも患者さんなのです。
患者さんの意識や行動が変化しないことには、本当の意味で転倒予防にはなり得ません。
患者さんが自己の身体を理解し、転倒しないための行動を継続することが、本当の意味で転倒予防なるのではないかと僕は思います。
今回は、転倒予防における行動変容とアプローチ方法を解説します。
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行動変容とは
行動変容は、元々は1950年代に心理学者のアイゼンクらによって不適応行動の治療理論から普及したものです。
健康に繋がる行動のことを健康行動といいますが、行動変容は健康行動を修正かつ維持することを目指しています。
行動変容は、①無関心期、②関心期、③準備期、④実行期、⑤維持期の5つのステージに大別されます。
①無関心期
6ヵ月以内に行動を変えようと思っていない時期
②関心期
6ヵ月以内に行動を変えようと思ってる時期
③準備期
1ヵ月以内に行動を変えようと思っている時期
④実行期
明確な行動変容が観察されるが、その持続が6ヵ月未満である時期
⑤維持期
明確な行動変容が観察され、その期間が6ヵ月以上続いている時期
慣れていない動きや環境では失敗しやすい
当たり前のことかもしれませんが、慣れていないことは失敗しやすいですよね。
例えば、大腿骨の骨折や脳卒中片麻痺などの患者さんでは、以前とは違った身体の使い方になります。
病気や怪我によって、思ったように動作ができないことが多くなります。
転倒しやすい原因の一つに、動作に慣れていないというのが挙げられます。
ある病院では、入院してから10日以内に転倒することが多いと報告しています。
特にベッド周辺動作が自立している人ほど転倒しやすい傾向にあり、動作能力が環境に依存している人ほど転倒の危険が潜んでいます。
また、入院時からの著しい回復がみられた場合においても転倒しやすい傾向にあるようです。
患者さんの心境としては、動けるようになってきたことが嬉しくて、ついつい一人で歩いて転倒に至るケースもあります。
また、移動手段が変化した場合も転倒の危険があります。
例えば、車いすから歩行器歩行へ変化した場合や、歩行器から杖に移動手段が変化した場合は要注意です。
リハビリ時間に、ベッドからトイレ・食堂までの移動を繰り返し練習し、安全を確認することが多いのですが、それでも慣れるまでは注意しておくほうが良いでしょう。
もう自分は大丈夫なのだと思い、ふいに後方移動や無理な方向転換などをして転倒してしまうこともあり得ます。
また、病院から自宅に退院した際も、やはり環境が変わりますので、環境に慣れるまでは注意が必要です。
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行動変容のアプローチ方法
行動変容のステージ別にアプローチ方法を解説します。
あくまでも主体は患者さんになりますので、我々医療従事者は患者さんが行動を起こすためのサポートを行います。
①無関心期
「転倒なんてしない」「転倒したって別にいい」「歳なんだから転倒しても仕方がない」と思っているうちは、患者さんの意思を尊重しつつも、信頼関係を築きながら慎重に働きかけていくことが大切です。
ここで嫌われて、助言を聞いてくれないようだと行動変容は難しくなります。
十分信頼関係が築けたら、現状の身体状況の説明と転倒しないための知識を与えていきます。
認知症や高次脳機能障害などを呈している場合は、特に転倒に対する意識が向きにくいため、根気強く伝えていくことが大切です。また、動作を通して安全性を確認していくことも必要になってきます。
②関心期
この時期はまだ関心を抱いたに過ぎませんので、行動に移すための自己効力感を高める働きかけが大切です。
つまり「これなら自分にもできるかも・・・」と思ってもらうように様々な方法を提案していきます。
③準備期
患者さんは、行動変容への関心が高まり、すぐにでも実行したいと思っています。
この時期では、適切な行動計画を立てるためのコーチングスキルが求められます。
参考記事)
④実行期
患者さん自らで転倒しないための身体作りや工夫を行ってはいますが、まだ不安があるのがこの時期です。
他者からのコーチングは継続していますが、あくまでも主体は患者さんです。
患者さんの不安を取り除くことに重きを置き、適時助言を与えていきます。
また、不適応行動(この場合は転倒リスクに繋がる動作のこと)が見られた場合は、その都度修正していきます。
⑤維持期
明確な行動変容が観察され、患者さんにほとんど不安はない状態です。
この時期では、すでに指導者の手が離れ、本当の意味で自立が図れた時期でもあります。
これまでの努力を賞賛し、励ましの言葉や継続の意思を確認することが大切です。
行動変容を図るための手段
患者さんに、自己の身体状況を認識してもらうという意味では、動画撮影などがお勧めです。
自宅退院後の動きを想定するなら、家屋調査時に動画撮影するのが良いでしょう。
参考記事)
患者さんに普段移動する場所を動いてもらい、その様子を動画で撮影します。
そして、患者さんと現状を共有します。
例えば「このときに、身体がふらつきましたよね。ここは注意して歩くか、横の机を支えて歩くようにしたほうが安全ですよ」とアドバイスすることができます。
※注意:1度動作を失敗したからといって揚げ足を取るかのように指摘するのは避けるべきです。
前述したように慣れていない環境では、失敗することもあります。
1度失敗したからといって、ダメ出ししていては患者さんの自己効力感は削がれ、意欲が低下しかねません。
大事なのは、患者さんと問題点を共有することです。
何度か確認したのち、それでも同じように失敗を繰り返す場合に、必要な知識を適切なタイミングで与えることが大切です。
もう一つの方法は、KYTというものです。
KYTとは、K(危険)予知(Y)トレーニング(T)といわれ、元々工事や製造などの作業現場において、事故や災害を未然に防ぐことを目的に行われていた訓練です。
医療の現場でもKYTは認知されるようになり、医療事故を未然に防ぐ目的で活用されています。
このトレーニングは、患者さんにも使えます。
例えば、自宅の写真を撮ってきてもらい、実際の写真を見てどこに転倒のリスクが潜んでいるのかを患者さんに質問します。
この訓練を繰り返し行うことで、転倒しないための意識付けと転倒予防への知識が養われます。
まとめ
患者さんの中には、転倒を繰り返す人もいて、家族や我々医療従事者も困ってしまうことがあります。
そのような場合、患者さんの身体状況や性格を含めた精神機能を評価し、転倒しないための意識付けと具体的な行動計画を立案することが大切です。
当然、誰しもが転倒したくて転倒しているわけではありませんので、行動変容を目指すにあたり、患者さんはどのステージにあるのかを見極めることが大切です。
行動変容の最終ゴールは、適切な行動を継続することです。
まずは関心があるのかないのか、関心はあっても行動に移せているのか、継続できているのかという視点で見てみると良いかと思います。