人類の文明がこれほどまでに発展した過程には、前頭葉の発達、成熟が大きく関係しているといわれています。
まさに試行錯誤、トライ&エラーの結果で文明が発達してきたわけです。
今回は、遂行機能(実行機能)とは何か?評価やリハビリ(訓練)方法を解説します。
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遂行機能(実行機能)とは
遂行機能とは、新しい課題に対して、試行錯誤しながら効率良く目標を達成する能力のことをいいます。
Lezak(1983)は遂行機能には以下の手順があると定義しています。
① | 目標の設定 |
② | 効果的に目標を達成するためのプランの設定 |
③ | 目標に向けた行動 |
④ | 計画の実行(遂行、妨害刺激の排除) |
⑤ | 結果の検証と修正 |
料理を例えにするとわかりやすいと思います。
夕食にカレーを作ろうとして(目標の設定)、冷蔵庫からカレーに必要な材料を選択します(プランの設定)。料理に取り掛かる場合もあれば、足りない材料をスーパーに買いに行くこともあると思います(ゴールに向けた行動)。
材料が揃えば、鍋に水を入れたり、野菜を刻み、肉を準備し、カレーのルーを入れるなどをしているのと平行してご飯を炊いたりします(計画の実行)。このとき、効率の良い方法を考えながら料理を完成させていくかと思います。
初めての料理であれば、できたカレーを食べてみて「もっとこうしたら美味しくなるかな。」「ここのやり方を変えてみたら効率良く作業ができるかな。」などと振り返ります(結果の検証と修正)。
この一連の流れのように思考を巡らし、効率良く行動したり、行動を修正することを遂行機能といいます。
遂行機能(実行機能)は高次脳機能の中でも最上位に位置しています。
遂行機能は、覚醒や意識、注意機能や認知機能などの上に成り立っており、これらの下位が障害を受けると遂行機能障害を呈することは容易に考えられます。
また、注意機能や認知機能の障害がなくても、上位にある遂行機能障害があると日常生活の作業が上手くできなかったり、仕事でミスをしたりといった支障を来す場合もあります。
遂行機能は、新しい課題や難しい課題においてその能力が必要になります。逆にいえば簡単な作業や習慣化された作業には関与していないともいわれています。
遂行機能障害の主な病巣
遂行機能障害の主な病巣は大脳前頭葉の前頭前野といわれています。
前頭前野は、大きくは以下の4つに分けられ、その中でも遂行機能と強く関係しているのは背外側前頭前野といわれています。
背外側前頭前野 | 作業記憶(数秒間の記憶)や注意の持続・転換、行動の先回りや、柔軟な対応、別の事象に反応しないなどに関与 |
腹内側前頭前野 | 自分にとって都合の良い行動を選択、報酬に基づき決定するのに関与 |
内側前頭前野 | 理性的な判断、社会的行動に関与 |
前頭極 | メタ認知(※)に関与 |
※メタ認知とは、自分の言動を客観的な立場から認識することをいいます。
遂行機能障害の症状
日常生活の計画を自分で立てられないため、誰かに指示してもらう必要があったり、物事の優先順位がつけられない、行きあたりばったりの行動になってしまうなどの症状がみられます。
もし、イレギュラーな事態が起きてしまっても、解決できずに悩んでしまうことになります。または同じ行動を続けてしまう(保続という)こともあります。
また、短期記憶や注意の持続・分配ができない場合にも非効率な行動、つまり遂行機能の低下として現れます。
高齢者においては、加齢による脳の萎縮がみられた場合に遂行機能障害がみられます。
認知症とはまでは言わないにしても、作業の非効率さとしてみられることはしばしばあります。高齢者がパソコンやスマートフォンを毛嫌いするのは新しい課題にうまく対処できないことも大きな要因であると考えられます。
病院に入院している患者さんでは、車椅子の操作が覚えられず、ブレーキやフットレスト(足乗せ)を操作せずにベッドへ移動することがあります。これは転倒してしまう原因にもなり、問題としてよく取り上げられています。
遂行機能障害の検査及び評価
以下に代表的な評価バッテリーを記載します。
●遂行機能障害症候群の行動評価(BADS:Behavioral Assessment of Dysexecutive Syndrome)
この検査は、日常生活上の問題点を評価するものです。6種類の検査と1種類の質問表から構成され、下図のような道具を使用します。
引用)http://shinkoh-igaku.jp/inspection/bads.html
その他
●ウィスコンシンカード・ソーティング・テスト(WCST:Wisconsin Card Sorting Test)
●簡易前頭葉機能検査(FAB:Frntal Assessment Battery)
●成人知能検査( WAIS-R :Wechsler Adult Intelligence Scale-Revised)
などがあります。
遂行機能の評価は検査バッテリーだけに頼ってはいけない!
遂行機能に限らず、高次脳機能障害の評価に関しては観察に重きを置くべきです。
なぜなら、検査で異常値が出たとしても、日常生活上問題にならないことは多々あるからです。逆に異常値が出なくても日常生活に支障を来すこともあります。
人それぞれ日常生活では求められる課題があり、それにうまく対応できていれば特に問題になりません。
検査バッテリーで障害の特徴を把握するには有効ですが、患者さんの日常生活でどのような支障が出ているのかを観察していくことのほうが大切です。また、その次のリハビリ(訓練)にも活かす手がかりにもなります。
遂行機能障害のリハビリ(訓練)
遂行機能のリハビリを考えるにあたっては、まずは覚醒や認知機能、注意機能が正常レベルかを確認することが大切です。もし、それら下位に障害があるようだとそれらからアプローチをしていく必要があります。
遂行機能障害へのリハビリ(訓練)には、直接訓練と代償訓練があります。
直接訓練
直接訓練では、遂行機能のプロセスに直接負荷をかける課題を提供します。
●トランプの分類(色分けや記号で分けるなど)
●数字のパズル(ルールに基づき推察していく)
●積み木(図形、全体のバランスを通して、計画、実行、検証を繰り返す)
●問題解決法(課題を分析、分解して行動しやすくする)
●自己教授法(行動計画を立てる際に、言語化することで思考や行動への強化を図る)
などがあります。
代償訓練
代償訓練では、障害像を捉えた上で生活のしやすさを重視した訓練を提供します。
遂行機能障害では、注意の持続や分配性にも問題がある場合が多く、複雑化した課題に対処できなくなります。
遂行機能のプロセスに沿って、スケジュールノートを活用したり手順をマニュアル化します。それを見ながら行動していきます。
もし、解決できない事態になれば携帯で家族に電話するなどの方法も予め決めておくと良いでしょう。
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理学療法士や作業療法士は遂行機能をどう解釈すれば良いの?
理学療法士や作業療法士が遂行機能障害を呈した患者さんを診るケースでは脳卒中によるものが多いです。
遂行機能障害の有無を評価する方法として、掃除や料理の段取りなどを観察する場合が多いと思います。
ここで注意しておきたいことがあります。上でも説明していますが、遂行機能が必要な場合は新しい課題や難しい課題においてその能力が発揮されます。
確かに掃除や料理などは作業の段取りを構築する必要があり、いかにも遂行機能が必要にみえます。しかし、もはや慣れてしまっている場合には、これらの家事もルーチン化しているはずです。
本当に遂行機能に障害がないのかを確認するには、慣れていない作業や経験したことのない作業においてどのような段取や効率化を図っているかを診ることで障害像を掴むことができます。
別に複雑な課題でなくても大丈夫です。通常理学療法士や作業療法士が患者さんと関わる中で、会話の中から物事の効率化や要領の良さなどを見ていけば良いのです。
また、もし作業が非効率、失敗したとしても、それ自体を遂行機能の障害とはいいません。そのような失敗から患者さん自身が何を学び、どのように修正していくかまでを含めて遂行機能というのです。
高次脳機能障害についておすすめの書籍
こちらは比較的簡単に書いていますが、要点がまとまっていてわかりやすい書籍です。各種高次脳機能障害についての説明、評価、リハビリ内容までわかりやすく書かれていて、かなりおすすめです。
まとめ
僕は理学療法士なのですが、僕を含めて理学療法士は高次脳機能障害に関しては知識的に少し弱い部分があります。
理学療法士が高次脳機能を勉強することで、理学療法士だからこその視点もでてくるかと思います。
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