記憶とは過去に得た情報を脳内に保持しておく能力のことであり、記憶障害とはそれができなくなったことをいいます。
例えば、一旦聞いたことを忘れたり、置いてあるものの場所がわからないなどの症状がみられるようになります。
認知症という症状がありますが、認知症はもう少し広い意味合いがあり、認知症の一種として記憶障害があるといった位置付けです。
この記事では記憶障害とは何か、どんな症状やリハビリ方法・援助の仕方があるのかを解説しています。生活をしやすくする手助けになればと思います。
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記憶とは
記憶は、記銘、保持、想起の3つに分けることができます。
一旦見たり聞いたりしたことを覚え(記銘)、それを忘れずに頭に入れておき(保持)、また必要なときには思い出す(想起)という一連の現象があります。
これら3つのどこかに支障がでている状態を記憶障害と呼びます。
記憶の種類
記憶に関して、細かく分けるとどんな症状があるのかが理解しやすくなります。
記憶を大きく分けると陳述記憶と非陳述記憶があります。
また、短期記憶や長期記憶など、記憶を時間で表した用語もありますので、順を追って解説します。
陳述記憶
陳述記憶とは、事実や出来事の記憶のことであり、普段日常的に使われてる記憶は陳述記憶に該当します。
例えば、過去に言われたことを覚えておく、明日の予定を覚えておく、置いてある物の位置を覚えておくなどをいいます。
陳述記憶は、さらにエピソード記憶と意味記憶に分けられます。
エピソード記憶
エピソード記憶は、日々の出来事や経験の記憶のことを指します。
例えば、昨日食べた食事のメニューや遊びに行った場所のことなど。
意味記憶
意味記憶は、教科書的なことや法律などの記憶のことを指します。
例えば、物品の使い方や信号の色の意味など。
非陳述記憶
非陳述記憶には、手続き記憶、プライミング、古典的条件付け、非連合学習があります。
手続き記憶
手続き記憶は、例えば自転車の乗り方、バスケのドリブルのつきかたなど、身体が無意識に学習しているを指します。
プライミング
プライミングとは、以前経験したことが、後に経験する際の判断に影響を与えることを指します。
古典的条件付け
古典的条件付けとは、条件反射のことを指し、パブロフの犬の実験が有名です。犬にエサとベル音を同時に与え続けると、ついにはベル音だけで唾液や胃液が出るようになるという実験です。
非連合学習
非連合学習とは、繰り返された刺激への慣れのことを指します。
陳述記憶を顕在記憶、非陳述記憶を潜在記憶ともいう
どういうことかというと、陳述記憶は簡単に形成でき、そして容易に忘れるという特徴があります。
一方、非陳述記憶は反復して学習していく必要があり、一度学習してしまえば長期にわたって保持できる特徴があります。
つまり、陳述記憶はより意識的(顕在的)なもの。非陳述記憶は無意識(潜在的)なものであるといえます。
記憶を時間的経過で表す
あることを経験したり、記憶してから想起するまでを時間的経過で分類されることもあります。
時間的経過の記憶には、即時記憶(作業記憶やワーキングメモリーともいう)、短期記憶(近時記憶)、長期記憶(遠隔記憶)、展望記憶があります。
即時記憶(作業記憶やワーキングメモリー)
記憶してからすぐに想起できるレベルのことです。
例えば、電話番号の数字を想起できる程度のごく数秒の記憶のことです。
数唱範囲digit spanの研究では、普通7±2が限度。つまり人間が数秒の間に記憶を保持できる数は、5~9個であるといわれています。
短期記憶(近時記憶)
短期記憶は、数時間、数日、数週間前の出来事に関する記憶を指し、近時記憶と同義語として用いられます。
例えば、先週の日曜日の出来事(エピソード記憶)の記憶やテストのために覚えたこと(意味記憶)は短期記憶にあたります。
前述した即時記憶は、短期記憶のごく数秒間の間の記憶として位置付けられています。
長期記憶(遠隔記憶)
何年も前の出来事を記憶していることを指し、遠隔記憶とも呼ばれます。
例えば、子供のときの誕生日のことや休日のことを記憶しているなど。
展望記憶
これからの予定の実行に関する記憶のことを指します。
例えば、明日に行う作業について記憶しているなど。
短期記憶は壊れやすく、長期記憶は壊れにくい
どこからが短期記憶で、どこからが長期記憶かの線引きは難しいものです。
脳の損傷により記憶障害を呈した場合、ここ最近の出来事(短期記憶)を記憶することは難しいのですが、昔のこと(長期記憶)なら覚えている場合は多くあります。
実際、病院などで脳損傷の患者さんを見ていると、昨日教えた車椅子の使い方や最近の大事な話は忘れていることが多いのですが、昔の戦争時代の話などは流暢に話せる人は多いです。
これらのことから1つの結論として、短期記憶は壊れやすく、長期記憶は壊れにくいという特徴があります。
長期記憶に至るまでには、記憶の固定と呼ばれる過程を経るといわれています。
記憶の回路
記憶に関する脳の神経回路は、Papez(パペッツ)回路と基底外側(辺縁)回路(Nautaナウタ)の2つあります。
Papez(パペッツ)回路
海馬、乳頭体、視床前核、脳梁などを通り、海馬を中心に記憶が成されます。
Papez回路は、情動とも関係しており、不快な気持ちが記憶に残りやすいのはこのような回路があるためです。
基底外側(辺縁)回路(Nautaナウタ)
偏桃体、視床内側核、前脳基底部、前頭葉の底面などを通ります。
記憶はこれらの2つの回路に貯蔵されているわけではなく、長期記憶の場合には神経ネットワークの繋がりにより脳全体に保持されています。
広範囲な脳卒中などでも昔の記憶が失われずにいるのは、広範囲な神経ネットワークがあるためです。
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記憶障害の原因
何らかの原因で、脳が損傷を受けた場合に記憶障害がみられるようになります。
その原因には、
・アルツハイマー病
・外傷による脳損傷(交通事故など)
・脳卒中(脳出血・脳梗塞・くも膜下出血)
・精神疾患(うつ・統合失調症)
・加齢
があります。
記憶障害とは?前向性健忘と逆行性健忘
前述したように、記憶には様々な種類があります。記憶障害とは一般的にはエピソード記憶のことを指す場合が多いです。
これまでに得た経験を忘れてしまうことを健忘といい、それには前向性と逆行性の2つがあります。
前向性健忘
脳損傷後の出来事が覚えられない状態をいいます。
逆行性健忘
脳損傷前の記憶に支障を来すことをいいます。
受傷・発症直前が一番障害され、昔になるほど覚えている現象がみられることもあります。
前向性健忘と逆行性健忘
記憶障害の検査と評価
記憶には、言語で覚える、見て覚えるなどに分けて検査し、記憶を保持、再生できるかを以下の検査バッテリーから評価することができます。
全般的記憶検査(言語性・視覚性)
ウェクスラー記憶検査改訂版(WMS-R)
言語性記憶検査
三宅式記銘力検査
視覚性記憶検査
Benton(ベントン)視覚記銘検査
レイ・オスターリース(Rey-Osterrieth)の複雑図形
日常記憶検査
リバーミード行動記憶検査(RBMT)
記憶障害の回復に影響を与える因子
記憶障害は回復するのかについてですが、一致した見解はありません。
記憶障害の回復に影響を与える因子には、以下の7つの要素があります。
・損傷を受けたときの年齢
・損傷部位
・損傷の重症度
・損傷部以外の脳の状態
・病前の認知機能
・モチベーションや情動
・リハビリテーションの質
年齢が若いほど損傷部以外の神経ネットワークの繋がりにより、回復しやすい傾向にあります。
記憶に関わる脳の部位は前述しましたが、そのどこかが広範囲に障害を受けると回復しにくくなります。
また、元々認知機能が低下していた人が、さらに脳卒中などで記憶障害が生じると重症化してしまいます。
回復の機序については明確になっておらず、何らかの可塑性や脳の代償により改善するものと考えらています。
病変が軽度の場合は、自然回復の要素が強く、中等度の場合は積極的なリハビリテーションや援助により回復していきます。重度の場合には代償的手段でのアプローチが必要になります。
記憶障害のリハビリ方法と援助・支援
記憶障害のリハビリにおいては失われた記憶力を改善することが目的になりますが、中には回復しないケースもあります。
そのため、中等度や重度の記憶障害に関しては、今後の生活で混乱なく過ごせるように援助していくことも重要になってきます。
以下に、いくつかのリハビリ方法をご紹介します。
感情の安定化
記憶障害は高次脳機能障害の一つであり、どの高次脳機能障害にもいえることですが、その人自身が自己の状況を理解するところから関わっていきます。
そのためには、問題点を提示する必要があるのですが、記憶障害のある人はそもそも問題だと思っていない場合があります。
最初から「あなたはここが問題です。」と言われると反発するか、非常に混乱しショックを受ける人も多いです。
まずは、互いの信頼関係を十分に築き、自身で障害と向き合える環境作りをしていきます。
反復訓練
何度も同じことを繰り返す訓練のことをいいます。
これは、言語化したり、視覚的に記憶を強化することで記憶の固定を図る、いわば直接的アプローチになります。
例えば、同じ道を何度も歩き、数分後に再び同じ道を歩くなどで記憶を強化していきます。
視覚・言語的イメージ法
別のイメージに置き換え、関連付けて覚えてもらう方法です。
例えば、人の名前を覚えるときに、覚えてもらいたい名前と患者さんにとって有名な人物の名前とを関連付けて覚えてもらいます。
例えば、織田という名前を覚えてもらいたい場合に、患者さんが「織田信長」を知っているとします。
「私の名前は何ですか?・・・有名な人と同じ名前です。」などで、自発的な記憶の想起を促していきます。
PQRST法
P(Preview:予習) | ざっと全体を見る、あるいは読む |
Q(Question:質問) | 自分で話題の質問を作る |
R(Read:精読) | 細かくしっかり読む |
S(State:陳述) | 質問に答える |
T(Test:テスト) | 答えが正しいかを確かめる |
それぞれの頭文字をとってPQRST法という訓練方法があります。
これは文章などを理解する際に有効な手段です。
例えば、新聞記事の内容を理解しようと思った際に、まずはざっと読んでみます。そして、自分で話題に関する質問を作り、もう一度細かく読み込んでみます。そして質問に答え、最後に正しかったかを確認していきます。
誤りをさせない学習法(エラーレス学習)
記憶障害の人に、よくクイズ形式に課題を提供したりもしますが、もし答えられないようなら、すぐに正しい答えを教えてあげるほうが良いと考えられています。
記憶障害のない人であれば、失敗からそれを誤りと認識し、正しい答えに修正しようとする試行錯誤の恩恵を受けることができます。
しかし、記憶障害の人の場合はそのような恩恵を受けることはなく、失敗を誤りと捉えることができないため、誤ったそのままを記憶してしまう恐れがあります。
なので、第一に間違いを起こさせないことが大切であり、正しいことを覚えてもらうようにしていくことを心がけておきます。
間隔伸張法
覚えてもらいたいことや行動について、徐々に時間間隔を伸ばしていき、繰り返し思い出させる訓練方法です。
例えば、一度覚えたことを2分後に再び質問し、5分後、30分後と徐々に想起する時間を延長していき、記憶の強化を図ります。
外的補助法
なかなか覚えられないことを、スマホやメモ帳などに書き留める習慣をつけてもらう方法です。
また、アラームやタイマーなどで注意喚起を促す方法も良いです。
環境調整
これは、記憶障害のない人でも日常的に行う方法です。
例えば、棚や引き出しに何があるかのメモを残しておく。薬はいつ飲むのかを書いておく。行動する順番を紙に書き、見やすい場所に掲示しておくなどの方法があります。
その他、生活パターンを習慣化させるなど、できるだけ記憶する量を減らすように環境調整していきます。
援助者の声掛け
記憶障害を呈した人に何かを思い出してもらう際、自発的に正しい答えが出るように援助していくことが大切です。
そうすることで、記憶が想起され定着していきます。
例えば、
援助者が「今日は何日ですか?」と質問し、答えられないなら「カレンダーを見てください」と代償方法を教え、自発的に答えられるようにサポートします。
その他、「明日の予定は何ですか?」「今日の午前中、この場所でその話をしましたよ。」とできるだけそのときの状況をイメージしやすいように声掛けをしていきます。
まとめ
記憶障害についてまとめてみました。
リハビリや日常生活に繋げていくためには、検査や評価からどのような種類の記憶障害を呈し、どのくらいの時間なら記憶が保持できるのかを把握します。
そこが把握できれば、どの手段なら記憶を定着することができるのか、代償することができるのかを考えていきます。
記憶力が低下していることが別に悪いわけではなく、日常生活を混乱なく過ごせることが重要ですので、適切な対応を探してみると良いかと思います。
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