骨折や脳卒中の患者さんを担当する理学療法士は多いのですが、下肢切断の臨床的経験のある理学療法士は少ないかと思います。
学校では、下肢切断のリハビリ方法などを習ったことはありますが、実際に担当してみるといろいろと難渋することは多いと感じています。
今回は、下肢切断の中でも難渋することの多い大腿切断についてわかりやすく解説します。
ちなみに、患者さんや家族の前で「切断」と言うと、ストレートな言い方でショックを与えかねません。
切断を英語でAmputation(アンプテーション)といい、医療の現場ではよく「アンプタ」と言ったりもしています。
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大腿切断の原因
切断の主な原因としては、
交通事故
労働災害による外傷
末梢循環障害(糖尿病や動脈硬化など)
悪性腫瘍(骨肉腫など)
などがあります。
1960年代からの30年間は外傷による切断が多く、循環障害による切断は少なかったのですが、近年では高齢化にともない糖尿病や動脈硬化などによる高齢者の切断も増えてきています。
手術による断端の筋の処理法
高齢者の場合では、膝関節が温存しているかどうかは後の歩行獲得の可能性を左右するため、可能な限り切断肢の温存に努められています。
しかし、下腿部は大腿部に比べて血行が悪く、下腿部でも近位にまで壊死が及んでいる場合には、大腿部での切断を余儀なくされるケースも多くあります。
皮切りは魚口状皮切とし、先端の筋を縫合する際に緊張状態を保つことで筋萎縮を防ぐ効果があります。
大腿切断には2通りの術式がある
筋形成術 | 筋形成部分固定術 |
引用1) 切断した筋同士をできるだけ緊張位で縫い合わせます。 |
引用1) 断端の骨に骨孔を空け筋を縫合、さらに筋同士も縫合します。 |
縫い合わせる際には、対側にある筋群同士を縫い合わせることで、できるだけ筋の緊張状態を保ちます。
大腿義足の構造ってどうなってるの?
大腿義足の構造を簡単に説明しておきます。
断端を挿入するソケットがあり、膝のチューブの辺りで屈曲や内転の角度を調節します。
ターンテーブルは下腿が回旋する仕組みになっており、靴の脱ぎ履き、胡坐をかく際に便利です。
膝・足には継手があり、能力や活動度に合わせてパーツを選択します。
膝継手
単軸式、多軸式、固定式があります。
最も自然な歩行に近いのは多軸式ですが、股関節周囲の筋力が弱く容易に膝折れを起こす場合には固定式が選択されます。
引用2)
足継手
足継手は、単軸式、多軸式、エネルギー蓄積型などがあります。
多軸式では、足部の内外反などの動きが可能になり、不整地にも適応されます。
エネルギー蓄積型は、スポーツをする人に選択されます。
引用2)
大腿義足の主な種類
ソケットには、ライナー式、吸着式、差し込み式がありますが、現在の主流はライナー式です。
シリコンライナーと呼ばれる弾力性のあるストッキングのようなものを断端に装着します。
引用)http://plaza.rakuten.co.jp/gallerymami/diary/20080423/
ライナーの先にはキャッチピンが付いており、ピンとソケットを結合させます。
ちなみに、ピンとソケットを結合するにも少し力が必要ですので、手指の巧緻性が低下した人では、ひも式のもので結合することもあります。
義足の訓練はどのくらいの期間かかるの?入院期間は?
義肢装着訓練を要する場合には、回復期リハビリテーションにおける訓練期間は150日(5カ月)です。
この入院期間内に義足作成からリハビリを集中的に行い、退院後は外来リハビリなどでフォローアップする流れになります。
義足の支払いはどうするの?
大腿義足では、パーツの種類によりますが60~70万円ほどの費用がかかります。
各種健康保険などが適応されますが、まずは全額支払いが必要になります。
医師の意見書と義肢装具士の領主証をもって、役所に申請することで自己負担率に応じて還付されます。
義足作成から退院までの流れを理解しておく
義足作成から退院までの流れは、
断端のチェック → シリコンライナーの試着 → 簡易ソケットの作成 → 立位・歩行訓練 → 仮義足を作成 → 立位・歩行訓練 → 本義足を作成 → 退院
このような流れになります。
断端のチェック
まずは、全身状態や断端の状態を把握してます。
断端の浮腫を抑制し、断端の形状を整えるために弾性包帯による圧迫療法を行います(ソフトドレッシング)。
それと同時に、義足装着までの間は関節可動域や筋力の維持・向上に努めます。
シリコンライナーの試着
シリコンライナーで断端の管理が可能かを評価します。
・患者さん自身で装着が可能か
・皮膚に痛みや傷などのトラブルがないか
・浮腫は抑制できているか
などを確認します。
簡易ソケットを作成
簡易ソケットは、長期間使用すると破損する恐れがあるため、2~3週間の試用期間内に各パーツを選択します。
立位・歩行訓練
まずは、平行棒内で立位から開始します。
このとき、
・ソケットに坐骨結節が乗っているか
・長内転筋が圧迫しすぎていないか
・ソケットに窮屈さや緩みはないか
・チューブは長すぎないか
・屈曲・内転角は適切か
などを確認した後に歩行訓練へと移ります。
また、能力に合わせて選択したパーツが適しているかなども評価します。
仮義足を作成(ソケットの形状を決める)
簡易ソケットでソケットの形状に目星をつければ仮義足を作成し、しばらくは仮義足での訓練を継続します。
義肢装具士と相談しながら各パーツの微調整をしながら歩行訓練や日常生活動作訓練を行います。
仮義足で問題なければ本義足を作成
仮合わせ1週間ほどで納品可能で、本義足になると肌に近い色に仕上がります。
仮義足では透明なソケットで練習していたため、ソケット内が外から見えなくなり、装着に手間取るため再度練習は必要です。
また、仮義足と形状は同じですが、微妙に違いがでることもあり、最後の微調整も必要になる場合が多いです。
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断端の管理とケア
ここでは、断端の管理とケアについて詳しく解説します。
通常、切断後2週間ほどで創部は治癒しますが、この時期は循環動態の低下や浮腫などがみられ、早期に切断肢の成熟を目指すことが大切です。
断端のチェックポイント
・創部に傷はないか
・発赤はないか
・断端の形状は理想的か
・瘢痕治癒はないか
・断端に痛みはないか
などを見ておきます。
断端の管理・ケアの目的
断端に浮腫があると創部が治りにくいため、早期に軽減させることが目的です。
また、義足を装着しだすと圧迫力により、断端が細くなるため、すぐに義足が合わなくなるのを防ぐ目的もあります。
断端の管理方法としては、ソフトドレッシングとシリコンライナーを用いた圧迫療法があります。
ソフトドレッシング(弾性包帯を使用する方法)
基本的には速やかにシリコンライナーを用いた断端管理に移行していきたいところです。
しかし、創部に傷や発赤がある、または義足作成に踏み切る段階でない場合には、ソフトドレッシングによる断端管理を行います。
弾性包帯がうまく巻けない患者さんでは、スタンプシュリンンカーと呼ばれる靴下型のもので管理する方法もあります。
シリコンライナーを用いる方法
シリコンライナーは、クッション性と弾性をもち、骨ばった部分にも均等に圧を加え、断端の成熟を促進する効果があります。
また、断端末から近位にいくにつれ、厚さが薄くなっているため、ソフトドレッシングと同じ効果が得られます。
ライナーの装着自体は難しくなく、末梢神経障害などで手指の巧緻性が低下した患者さんでも装着できることは多いです。
シリコンライナーの扱い方を知っておこう
サイズの選定
断端末から4cm近位の周径を測ります。
例えば、周径が25cmだった場合には1サイズ小さいものを選択します。
ややきついライナーを使用することで、適度な圧を加えることが可能になります。
測定方法を知っていれば、事前に義肢装具士に伝えることができ、適度なサイズのライナーを持ってきてくれます。
装着方法
シリコンライナー装着の特徴としては、トラクション(戻る力)により、断端末の軟部組織を近位に伸ばす働きが得られ、断端の形状を整えてくれます。
引用1)
まずは、シリコンライナーの底部絞るようにもちます。
断端とライナーの間に空気が入らないように密着させ、先端のキャッチピンが真っすぐになるように装着します。
(例)シリコンライナーの装着時間
シリコンライナー装着初日には、午前・午後1時間ずつ行い、段階的に装着時間を延長していきます。
もちろん、装着後の創部の状態も観察しておきます。
1日目 | 2日目 | 3日目 | 4日目 | ~ | |
AM | 1時間 | 2時間 | 3時間 | 4時間 | ~ |
PM | 1時間 | 2時間 | 3時間 | 4時間 | ~ |
合計 | 2時間 | 4時間 | 6時間 | 8時間 | ~ |
夜間 | ソフトドレッシング |
シリコンライナーの洗浄
ライナーには汗や垢が多く付着するため、毎日洗浄することが望ましいです。
入浴の際などに、中性洗剤や石鹸でライナー内部をよく洗浄するようにしましょう。
拘縮の原因と予防「良肢位・不良肢位」
大腿切断では、腸腰筋や股関節外転筋群が残存しているのに対して、ハムストリングスや内転筋群は筋腹で切断されています。
そのため、筋のアンバランスにより股関節の屈曲と外転拘縮を起こしやすく、早期から拘縮予防に努めておくことが大切です。
○良肢位
長時間の股関節屈曲や外転位をとらないように考慮します。
良肢位としては、うつ伏せが良いとされています。
×不良肢位
下の図のように、長時間の座位や枕の上に切断肢をのせる、股関節外転位をとるなどは避けるべきです。
歩行に備えて鍛えておきたい筋
大腿切断では膝下が機能しないので、当然ながら股関節周囲の筋力で骨盤の動揺を抑制する必要があります。
特に重要な筋は股関節伸展筋と外転筋です。
股関節伸展筋は、歩行時踵が接地した際に骨盤周囲を安定させ、スムーズに荷重を乗せることを可能にしています。
また、股関節外転筋は片脚した足の側方動揺を抑制する働きがあります。
歩行訓練では、荷重感覚の再学習を図ること
大腿義足の歩行訓練の方法は、教科書でいくつも取り上げられてますので、詳しくはここでは割愛します。
僕が義足歩行で重要なポイントを挙げるとすれば、荷重感覚の再学習であるといえます。
ちなみに、少し前に大腿義足の歩行体験をしました。
先日、疑似的に大腿義足の歩行体験をした。最初はグダグダで荷重を乗せるのも怖かったけど、5分もすればそこそこ歩けるようになった。
大腿義足で大切なことは荷重感覚(スムーズな荷重の流れ)だと思う。健側も義足側も踵から爪先までキレイに荷重が乗れば跛行は少なくなる。— 🌎楠村 和也@かずぼー (@kazubo_rigaku) December 27, 2016
通常は、足部からの感覚入力にて身体のバランスを決定づけていますが、大腿切断では断端に感じる圧や位置情報を頼りに、身体のバランスをとります。
例えば箸を使用した際に目を閉じていても、つかんだものの固さを認知できると思います。それと同じように義足を通して、地面の形状やボディイメージを構築していくことが重要になります。
意識するポイントは、足部に対して上部にある骨盤・体幹をいかにして上手く乗せていくかを再学習していくことです。
立位でその感覚に慣れてくれば、平行棒 → 両松葉杖または歩行器・歩行車 → 杖 → (可能なら)独歩 へと歩行訓練を展開していきます。
義肢装具士との密な打ち合わせが必要
義足を作成するにあたっては、理学療法士一人の力ではどうにもできません。
やはり、義肢装具士との密な連携が必要になり、適切なタイミングで患者さんの情報を提供していくことが大切です。
義足の細かな設定方法に関しては義肢装具士に任させて良いかと思いますが、理学療法士もある程度の知識をもった上で話をするとより質の高いリハビリが提供できるようになります。
理学療法士は患者さんの心理を汲み取ることが大切
病気や怪我をした患者さんは障害受容の過程といわれる心理的過程をたどります。
参考記事)
特に四肢を切断した患者さんのショックは計り知れないことは容易に想像がつくかと思います。
冒頭でも言いましたが、大腿義足の場合はソケットが合わない、上手く歩けないなどで難渋することが多く、患者さんも焦りや苛立ちのあまり、しばしば感情の起伏が激しくなることがあります。
失った足を義足という代替手段で補えることを期待した患者さんは、思っていたほど義足が使えないんじゃないかと不安になってきます。
義足訓練自体をあまり経験したことがない理学療法士も同様に不安になるかと思います。
理学療法士は、正直に「切断した患者さん自体数が少なく、経験したことがない(少ない)。」と伝えても良いと僕は思います。
下手にわかったふりしてリハビリを展開するとすぐにボロがでて、信頼を失い兼ねません。
実際に、僕ははじめて大腿切断の患者さんを担当した際に上記のようなことを入院当初に伝えました。
それだけではさすがに頼りないので加えて、
「一生懸命義足のことを勉強してきました。歩行を診ることはプロですので、そこは他の患者さんとやることは一緒です。一緒に頑張りましょう」と伝えました。
大腿義足の患者さんを経験したことのある理学療法士は少なく、しかも難渋することが多いので、リハビリがスムーズに進むケースのほうが稀です。
リハビリを上手くこなそうと振る舞うよりも、患者さんの心理を汲み取り理解していく理学療法士の姿勢が何よりも大切なことだと思います。
引用画像
1)理学療法32巻4号 下肢切断者に対する理学療法ー評価から生活指導までーp296.p315.2015.4
2)川村義肢株式会社カタログより