前回の記事では、小脳性運動失調(しょうのせいうんどうしっちょう)の基礎知識と代表的な疾患について解説しました。
参考記事:小脳性運動失調の基礎知識。原因や代表的な疾患とは?
ここでは、小脳性運動失調の評価と効果的なリハビリ方法についてわかりやすく解説します。
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「協調性障害」と「運動失調」との違い
よく協調性障害と運動失調は混同されるので、両者の違いを説明しておきます。
協調性障害とは
協調運動とは、動作に際して運動に関与する筋群が協同的に収縮し、効果的に起こる運動のことをいいます。その動きが障害されたものを協調性障害といいます。
協調運動に関与する機能としては、
・固有感覚系(手足を曲げ伸ばしした時に感じる感覚)
・小脳系(後述している運動失調のこと)
・錐体路(随意的な運動調節に関わる神経)
・錐体外路(主に筋緊張のコントロールや姿勢制御に関わる神経)
などがあります。
協調性障害の意味合いは幅広く、筋力低下や筋緊張異常によっても協調運動が上手くいかない場合もあります。
運動失調とは
協調性障害とも意味合いは似ていますが、運動失調とは随意運動(意識的な運動)における空間的・時間的な秩序や配列が失われた状態とされています。
どういうことかと言うと・・・
目的とした動きは達成できるけれど、そこに行く着くまでの効率の悪さがあるのが小脳生の運動失調の特徴です。
協調性障害の原因は幅広く、協調性障害の中に運動失調があるようなイメージです。
小脳性運動失調と他の運動失調との鑑別
運動失調には、
①大脳性
②迷路性
③小脳性
④脊髄性
があります。
大脳性は主に前頭葉や頭頂葉の障害でみられ、軽度の運動麻痺や感覚障害により運動失調に似た症状がみられます。
迷路性は前庭機能の障害であり、主症状としては平衡感覚の障害(バランス障害)がみられます。
参考記事:前庭機能の構造と働きについて
小脳性と脊髄性は症状が似てはいますが、以下の評価にて鑑別は可能です。
症状 | 小脳性 | 脊髄性 |
深部腱反射 | ー | + |
ロンベルグ兆候※1 | ー | + |
測定異常 | 最後は目的物に達する | 目的物に達しない |
振戦 | 企図振戦 ※2 | 粗大振戦 |
歩行 | よろめき歩行 | 床を見ながらパタパタ歩く |
言語障害 | + | ー |
深部腱反射 | 軽度低下 | 消失(後根障害があるとき) |
※1:ロンベルグ兆候とは、立位で目を閉じた状態を保ってもらう検査です。
このときバランスを崩せば陽性となります。
手足や体幹の位置情報に障害がある場合に陽性。つまり深部感覚の障害で陽性になるということです。これは、視覚での代償を遮断した場合にみられます。
小脳性の失調の場合は、閉眼・開眼ともに差はなく身体動揺がみられるため、ロンベルグ兆候は陰性ということになります。
※2:企図振戦(きとしんせん)とは、安静時には四肢の振るえはみられないが、目標物に四肢を近づけた際に振るえることをいいます。これは小脳性の失調の特徴でもあります。
小脳性の運動失調で診ておく評価はこの3つ
小脳性の運動失調の評価として主には、①測定異常(ジスメトリア)、②協調運動障害、③変換(反復)運動障害の3つを評価します。
①測定異常
代表的な検査として、上肢では鼻指試験、下肢では足趾手指試験などがあります。
判定方法は、正常、測定過小、測定過大で判断します。また、そのときの動きなどから企図振戦の有無を確認します。
鼻指試験
被検者は腕を外転位に伸ばした状態から、人差し指を検者の指に伸ばしていきます。基本的には開眼で行いますが、閉眼時に異常を検出しやすいです。
また、体幹失調を認める場合もあるため上肢の失調を検出する場合には臥位で行うののが良いでしょう。
引用画像
足趾手指試験
被検者は背臥位の状態で、足趾を検者の指に近づけていきます。それをあらゆる方向で行います。
引用画像
②協調運動障害
協調運動とは、日常生活の動作が一定の順序や調和を保って行われることをいいます。これを確認するための評価としては、起き上がりや立位での反り返りで判断します。
小脳の障害では、各関節を協調的に動かしバランスを保つことが難しくなります。
③変換(反復)運動障害
変換運動とは体の一部が反対方向へ交代で運動することをいい、小脳の障害ではこの動きがぎこちなくなります。
代表的な評価では、手回内・回外テストやFoot Patなどがあります。
手回内・回外テスト
前腕を素早く交互に回内・回外させます。
引用画像
Foot Pat
座位の状態で、素早く底背屈させます。
その他
小脳の障害では、障害側の筋の緊張が低下したり、めまい(前庭機能の評価)、構音障害などもみられます。
疾患の特性によってリハビリの方向性を決める
小脳性運動失調では、脳血管障害や小脳炎などのように回復を示す疾患と、多発性硬化症や脊髄小脳変性症のように進行していく疾患とに分かれます。
前者は機能的回復が見込めるため、早期より積極的な運動療法は効果を示し、機能的予後は良好です。
後者は進行性であることから、機能的維持を念頭に運動療法を行い、能力に合わせた福祉用具の導入を検討します。生活の質(QOL:Quality Of Life)を保つことが大切です。
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小脳性運動失調のリハビリの考え方
小脳は、運動学習において非常に重要な役割があります。
小脳を賦活していくには、感覚刺激を多く入れていくことに注力します。
小脳は脊髄小脳路の障害により、無意識下の動きが阻害されるのが特徴です。
小脳は教師あり学習ともいわれ、外的フィードバックが効果的です。まずは、意識下の感覚を多く入れ、徐々に無意識の感覚へと切り替えていきます。
参考記事:感覚障害について!理学療法士・作業療法士が押さえておきたい基礎知識を解説
基本的には、運動学習理論に沿ってアプローチを行っていきます。
参考記事:
運動学習とは。スキーマって何?メカニズムまでわかりやすく解説
運動学習理論を用いたリハビリの例をこちら↓の記事で解説しています。
小脳性運動失調のリハビリの実際
小脳性の運動失調では、感覚を入れていくことが大切です。
代表的なアプローチ方法として、①Frenkel体操、②弾性包帯、③重錘負荷、④PNFなどがあります。
①Frenkel(フレンケル)体操
Frenkel体操の主な目的は、視覚代償を用いて正しい動きを学習していくことです。
例えば、歩行では床に足型を描き、そこを見ながら歩くなどがこれにあたります。
②弾性包帯
小脳の失調では、筋の緊張状態が低下していることが多く、その際に筋に対して弾性包帯を巻くことが効果的とされています。
これは、筋紡錘(きんぼうすい)からの感覚が入りやすくなることで、筋緊張をコントールしやすくなり、失調症状が軽減するといわれています。
歩行時、膝折れがみられる場合には大腿部(ふともも周り)へ巻きます。
また、体幹の失調がある場合には、体幹に巻くこともあります。これは、中枢部の固定性を高めることで、先行随伴性姿勢調節(せんこうずいはんせいしせいちょうせつ)が働き、手足末端が動かしやすくなります。
③重錘負荷
手足末端に重錘(じゅうすい)を巻くことで、その重さを利用して感覚をフィードバックしやすくします。
上肢では手首に200~500g、下肢では足首に1~1.5kgの重錘バンドを巻きます。その状態で、Frenkel体操を併用しても良いでしょう。
④PNF
PNF(proprioceptive neuromuscular facilition)は、固有受容器神経促通法のことであり、その中でも小脳性運動失調に対するアプローチ方法を抜粋して紹介します。
PNFの基本的な原理である最適な抵抗を用いて感覚フィードバックを与えていきます。
筋収縮様式には、
・等尺性(関節を固定した状態で筋を収縮させる)
・求心性(筋が縮みながら収縮する)
・遠心性(筋が伸ばされながら収縮する)
がありますが、一連の運動の中で取り入れていきます。
例えば、リズミック・スタビリゼーションのように各方面から抵抗運動を加え、運動の変換や同時収縮を促通します。特に固定性の弱い体幹や骨盤においては効果的です。
めまい・吐き気があれば慎重にリハビリを進めていく
小脳の障害で多いのが、めまいや吐き気です。
特に発症早期に多くみられ、症状がきつくリハビリができないこともあります。
このような状態のときは、日常生活動作のやりやすさに重きを置き、症状が軽減してくれば徐々に運動療法を取り入れていきます。
めまいにおいては、順応を図ることで症状が軽減することが多く、安静にしすぎるとかえって症状が長引く可能性もあります。
参考記事)
めまいを含む前庭機能のリハビリテーション。4つのアプローチ方法を解説
※注意:ただし、運動療法にあたっては患者さんの苦痛を伴うため、予め説明しておくことが大切です。
小脳性運動失調の患者さんの生活について
軽度の運動失調の場合は、日常生活は自立することも可能です。
ただし、バランス能力が低下したり、屋外の移動に不安があるような場合は杖を使用するのが良いでしょう。
杖を使っても歩行が難しいと、生活範囲が限られてくる場合が多いです。
小脳性の運動失調は、筋力は保たれていることが多いのですが、筋出力のコントロールが難しい状態になります。それにより、バランス能力が低下してしまいます。
生活のしやすさを考えると、バランス能力を保証するための環境設定も重要になってきます。
室内であれば、歩行器の導入や手すりの設置なども検討してみても良いでしょう。ただし、歩行器に関しては、車輪付きの物では床がフラットになるように更なる調整が必要になります。
歩行器や歩行車の詳しい解説をこちら▼
手すりを設置するにしても、すべての動線に設置できるわけではないので、机などで伝い歩きができるのかも考えておく必要があります。また、ベストポジションバーなどの福祉用具も要検討です。
比較的に運動機能が軽度でも、うまく話せない、うまく字が書けないなどから職場復帰をするのに支障をきたす場合もあります。
そういった場合には職場に相談し、できる仕事を与えてもらうように調整することを考えてみてはどうでしょうか。
まとめ
小脳性の運動失調は、バランス能力の低下をきたしやすく転倒のリスクも伴います。
リハビリにおいては身体機能の向上に加えて、環境調整も重要なポイントになってきます。
理学・作業療法士が知りたい家屋調査の重要ポイント▼
引用画像
田崎義昭・斎藤佳雄:ベッドサイドの神経の診かたp146~151.2007